危なかった。住宅地を曲がった途端に急ブレーキをかけた。道路の真ん中で人が倒れていた。何事かと、スーパーカブを脇に寄せて様子を見ると高齢の老人が仰向けになって横たわっていた。しかし息はあるようでホッとしたけれど、これは救急車案件なのか、警察なのか、まったく土地勘のないところだし急いでいるし困ったなと思いながらサイドスタンドを立てて老人に近づいてみた。黒のジャージ姿で緑色のニット帽と手袋をしていた。その格好から推測するに散歩の途中で具合でも悪くなったのだろうか、周りを見渡しても人通りがまったくない住宅地で、かろうじて老人を照らしている夕陽は間もなく向かいの森に遮られる時間帯だった。ボクは老人の耳元に近づき、おい、じいさんと大声で呼びかけて見た。よく見れば顔色は悪くなく、ボクの三回目くらいの呼びかけで目を覚ました老人は、おうと言いながらゆっくりと上半身を起こしてニット帽をかぶり直した。やれやれとボクは少しホッとした。大丈夫か?こんなところで寝てたら轢かれるでと大きめの声で呼びかけたら、手を挙げたので意識はしっかりしているようだった。
おそらく80歳はゆうに超えているだろうその老人は、ボケてたのか本当に具合が悪かったのかはたまた酔っ払っていたのか分からずじまいだったけれど、他人事じゃない、切実な、すぐ眼の前に迫る自分たちの行末を考えながらカブに跨った。すでに夕陽は森に遮られはじめていた。